〜今日のみことば〜
「さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。弟子たちがイエスに尋ねた。『ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。』イエスはお答えになった。『本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。』」ヨハネによる福音書9章1-2節
弟子たちは、目の見えない人の姿を見て「目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。」と問います。彼らが見ているのは、過去と過去がもたらしたと思われるものです。しかし、主イエス様は、神の恵みによる将来を見つめておられ「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れる」とお語りくださいました。
弟子たちには、見えていなかったものを、主イエス様は見つめておられたのです。主は、神の恵みによる将来を与えて下さるお方なのです。