〜今日のみことば〜
「自分は信心深い者だと思っても、舌を制することができず、自分の心を欺くならば、そのような人の信心は無意味です。」ヤコブの手紙1章26節
私たちは自らの舌を制御しているでしょうか。単に一般社会での生き方だけでなく、教会共同体においての信仰者の姿が問われています。舌が制御されず、湧き上がる感情に任せて語り出し、信仰的熟慮や思慮なく思いをぶつけはじめたら、そのような信心は無意味だというのです。信心深く見せかけたり、人から信心深く思われようとすることも虚しいことです。神様を信じる生き方を、自ら生きていくことが大切なのです。それが信心なのです。