〜今日のみことば〜
「それで、わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません。
だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」コリントの信徒への手紙二5章16-17節
「それで、わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません。
だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」コリントの信徒への手紙二5章16-17節
今日の御言葉は「わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません」と告げています。肉に従って人を知るとは、その人の過去や人となり、この世の評判や評価によって人を知ることです。それとは別の仕方で、人を知ることができるというのです。では、どのように人を知ることが出来るでしょうか? パウロは「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者・・・古いものは過ぎ去」ったと語ります。つまり、神の赦しと救いの恵みを受けた人を知るのです。信仰の眼差しがそこにあります。
また、ここには「肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません」とも語られています。人間的な納得や理解によってキリストを捉えるようなことをしないというのです。そこにおいても信仰の眼差しの大切さが見つめられています。