人生は一生涯、大切な選択をしながら生きるものである。進学しようとすれば学校を選択して専攻科目を選ぶ。卒業後には職場とか留学を選ぶ。それから配偶者を選択する為に外見や性格を見る。さらに日常生活の中で衣服や食べ物に至るまで毎日選択して生きる。


 今日の本文を見ると、問題が発生した。財産の問題でアブラムの羊飼いと甥であるロトの羊飼いが互いに争った。それでアブラムはロトに言った。「わたしたちは親類どうしだ。わたしとあなたの間ではもちろん、お互いの羊飼いの間でも争うことはやめよう。あなたの前には幾らでも土地があるのだから、ここで別れようではないか。あなたが左に行くなら、わたしは右に行こう。あなたが右に行くなら、わたしは左に行こう。」この本文を通してロトとアブラムの選択の基準を見よう。


 第一、ロトの選択の基準は現実中心である物質主義である。ロトが目を上げて眺めると、ヨルダン川流域の低地一帯は、主がソドムとゴモラを滅ぼす前であったので、ツォアルに至るまで、主の園のように、エジプトの国のように、見渡すかぎりよく潤っていた。ロトはヨルダン川流域の低地一帯を選んで、東へ移って行った。信仰によって神を見ないで現実的な目で選択したロトによって、彼らは左右に別れた。


 ロトの目には神は見えず、この世の肥沃な土地だけが見えたのでソドムの地を選んだ。それでアブラムと別れた時から信仰の指導を受けることができなくなった。彼は形式的な信者の姿が残った状態であった。

 

 第二、アブラムの選択の基準は神の絶対主権を信じるものであった。アブラムがロトに選択権を先に与えたのは、神の約束を信じたからである。アブラムはこの世の財物はいつでも霧のように消えて行く物だと信仰によって悟った人であった。だからロトに選択権を譲ることができた。


 主なる神は、ロトが別れて行った後アブラムに言われた。「さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい。見えるかぎりの土地をすべて、わたしは永久にあなたとあなたの子孫に与える。」


 アブラムが受けた祝福は自分の代だけに終わったのではなく、その後も主なる神を信ずる者はアブラムが受けた霊的な祝福を受けるようになる。


(2017年2月5日夕拝説教)