ダニエル書は神の民に希望と励ましを与えるために書かれた預言書であり、黙示文学書でもある。この著者はモーセ以来の神との契約に忠実な者であった。またその律法を守り抜こうとする敬虔な人々のグループに属し、現在の苦難をもイスラエルがその歴史において犯した罪との関連で見ている。


主イエスもマタイ24章15節において「預言者ダニエルの言った憎むべき破壊者が、聖なる場所に立つのを見たら」とこの書をダニエルの著作と認めておられる。


今日の本文は終わりの時の苦難、復活と裁き、終わりの命令について述べられている。艱難の時に、私たちはどうなるのか?その時には天使長ミカエルが立ちあがる。ガブリエル天使は神のメッセージを告知する使命を持っており、ミカエル天使は、神の民を守護する使命を持っている。


「あの書」即ち神によって救われる者の名が記されている命の書に名がある者はこの時皆救われる。主はご自分の民を知っておられる。反対に「あの時」に「苦難が続き」、国が始まって以来の、かつてなかった程の苦難が限りなく続くであろう。迫害による敬虔な人々の危機が切迫しているゆえに、神の審判と救いによる歴史への介入が痛切に求められている。ここでは神の介入を待望しながら、最後まで耐え忍ぶ事が勧められている。


2節には、個人的な復活が暗示されており、義なる者は永遠の生命に入り、不義なる者は永久に続く滅びに至る事が示されている。更に、「永遠の生命」という表現は、旧約聖書では初めてここで現れている。この教えはやがて新約聖書に受け継がれて行く。


私たちは、艱難の時に備えて知恵ある者として生きているのかを深く考えて見たい【⇒みたい】。知恵があって人をとらえ多くの人を救いに導いた者は、主の王国で永久に星のように輝く。これは多くの人々に義の道を教えた者という意味で、天からの報いがあると語っている。また箴言11章30節でも「神に従う人の結ぶ実は命の木となる。知恵ある人は多くの魂をとらえる。」と言う。


人々は終末の事について「知識を増す」と思って、色々探し回る。しかし多くの者が動揺しようとも、人間的知識によっては知る事ができない。神の御言葉である聖書を通してのみ真の知識を得ることができる。


(2016年11月6日夕拝説教)