1889年2月11日、アメリカのクリスチャン教会から派遣されたジョーンズ宣教師によって麻布の地で礼拝がはじめられ130年の時を迎えました。

    この130年の歩みは、神様の救いの歴史そのものです。教会は、まことの牧者であるイエス・キリストに導かれ、養われて今ここに立っています。このことのゆえに共に神様に感謝を捧げ、讃美したいと思います。


    聖書の中には、神の民の歴史が記されています。しかし聖書は、神の民であるイスラエルの歴史を語るときに、ただ美しいだけの過去を見つめてはいません。そこに、神の民の罪や神様への背きや信仰の失敗というものを見つめているのです。

    新約の教会はどうだったでしょうか。ヨハネの黙示録を見ると、エフェソやスミルナ、ラオデキヤといった七つの教会の姿が描かれています。それらの教会の中で完全な教会だと主に褒められている教会は一つもありません。教会の中に争いがあり、党派を結ぶ者たちがあり、様々な罪の姿が、そのまま記されています。

 

    しかし聖書は、イスラエルの民や教会の現実の姿を見つめつつも、その民の歴史は「神の恵みの歴史」であり「救いの歴史」であったとの確信は揺るぎません。

    それは、教会が聖なる主ご自身のものであり、この方が教会のまことの主でいてくださることを信じているからです。


    わたしたち聖ヶ丘教会の歩みも、130年の歴史を貫いて、絶えず主ご自身に導かれてきました。教会の歴史を振り返るとき、主が聖ヶ丘教会を御言葉によって導き、必要のすべてを備えてくださったことに気づかされます。

    また教会の中心には、アブラハムのために犠牲の羊を備えてくださった主が、わたしたちのために犠牲の羊たるイエス・キリストを差し出してくださり、わたしたちを罪から贖い、救いの喜びに生きる者として招いてくださったという恵みの事実があります。

    わたしたちが信じ、従う神様は、わたしたちに対する救いの計画を成し遂げてくださる方です。そして、そのための必要すべてを備えてくださるお方なのです。

 


2019年2月10日 創立記念礼拝説教より