「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」(二八節)

 

 「万事が益となるように共に働く」励ましに満ちた、聖書の御言葉です。すべてのことが、益となるように働くというのです。わたしたちの人生に起こる様々な出来事、それは必ずしも良い事ばかりではありません。益となると確信できることばかりではないのです。しかしパウロは、神様の御手の中にあって、万事が益となると語ります。
 けれども、「万事が益となるように共に働く」との御言葉は、単に、わたしたちが努力すれば、神様が共に働いて助けて下さるということを言おうとしているのではありません。
    
 使徒パウロはこの手紙の一章から八章にかけて「人間の罪」について語り続けてきました。「罪」は、わたしたちと神様との関係を壊し、人間は神様の救いを信じて生きることができなくなります。そのような人間の罪と悲惨の姿を見つめてきたのです。けれども、そうした人間の罪や、とりかえしのつかない過去、その苦しみに取り囲まれた人間の姿を見つめながら、神様はご自分の計画によって召されたわたしたちのために「万事を益」としてくださると語るのです。
    
 パウロは「御計画に従って召された者たち」と語ります。神様の御計画があり、その御計画に従って召された者たちがいるというのです。神の御計画、それはあなたを救うという計画です。
 罪の赦しを信じることができなければ、万事が益となるなどとは到底言えません。わたしたちの人生に滅びの一欠けらでもあるなら、万事が益だとは言えないのです。しかし神様は、わたしたちの救いを望んでくださり、主イエス・キリストの十字架によって、わたしたちの罪を赦し、贖ってくださるのです。主イエス様の十字架を見つめるとき、主はわたしたちの罪をすべて引き受け、わたしたちの救いを成し遂げてくださる方だということを知らされます。そのときはじめて、万事が益となるんだという恵みの大きさに気づかされるのです。


 「万事が益となるように共に働く」その御言葉は、罪の赦しを求めて生きる人間への救いを語る御言葉なのです。

    
    
2018年11月11日 説教より