「その頃、イスラエルには王がなく、それぞれ自分の目に正しいとする事を行っていた。」

 士師記の最後に出たこの言葉は当時の背景を示している。その時代のハンナの祈りはどのようなものであったかを見よう。

 

 

一. ただ、主の御前に心からの願いを注ぎ出した祈りである。

 

 神の前に自分の内面にある嘆きと願いを注ぎ出すと応答を受ける事ができる。彼女を敵と見るペニナは、主が子供をお授けにならない事でハンナを思い悩ませ、苦しめた。問題がある時に、悩むのではなく、神のみ前に熱心に祈るなら主は助けてくださる。

 

 それで、ハンナは誓いを立てて言った。「万軍の主よ、はしための苦しみを御覧ください。はしために御心を留め、忘れることなく、男の子をお授けくださいますなら、その子の一生を主におささげし、その子の頭には決してかみそりを当てません。」

 

 ハンナは主の前であまりにも長く祈っているので、エリは彼女の口もとを注意して見た。ハンナは心の内で祈っていて、唇は動いていたが声は聞こえなかった。エリは彼女が酒に酔っているのだと思い、彼女に言った。「いつまで酔っているのか。酔いをさましてきなさい。」

 


二.自分が祈った事をそのまま信ずる祈りである。

 

 ハンナは答えた。「いいえ、祭司様、違います。私は深い悩みを持った女です。ぶどう酒も強い酒も飲んではおりません。ただ、主の御前に心からの願いを注ぎ出しておりました。」それで「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と答えた祭司エリの話を受け入れた。「祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。」(マルコ11:24)

 


三.神に主権を信じて捧げる祈りである。

 

 ハンナの祈りは全能の神だけが絶対主権を行使されることを信じて捧げる祈りであった。このように祈ったらどのような結果が出るのか?「そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」と聖書は言う。

 

 また対人関係も回復される。7節の「ハンナは泣いて、何も食べようとしなかった」が、18節で「食事をしたが、彼女の表情はもはや前のようではなかった」に変わった。


(2017年7月2日夕拝説教)